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 母がめぐり合わせてくれた人。。。 



5年近く療養をしていた母が天に戻ったのは、もうすぐ、2年になる6月。

母は、天使のようにほがらかな人で、家の中の太陽だった。

一緒に歩いているタンポポの黄色い花を見つけると、

「キレイだね~。」と、いとおしい想いをを込めて、言う母に、私は今、感動を覚える。


くも膜下出血で倒れた50歳前の時も2人の子どものPTA活動でそれぞれ、卒業をかかえていたので、謝恩会などの準備が目白押しで、子どもが知る良しもないが、とても忙しかったようだ。

子どもたちが、大きくなったら、今度は自分の時間を充実させようと、
点字の教本を通信教育で取り寄せていた…。

その2人の子どもの卒業式の前に、母は倒れ私たちは、母の偉大さに気づく人生にシフトしていく。

当時、8時間以上のオペに耐え、私も父と交代で母のベッドの下に寝ていた春休み。


父が、心細くなって泣き言を言っても、母も、私たちもあきらめなかった。

術後の生活も、乗り切らなくてはならないことがたくさんあった。

それから、まわりの方に助けられ言語のリハビリが母の日課になる。

日常生活もどんどん、積極的にしていって、

長く、電車で通っていた病院にも一人で通えるようになった。

くも膜下でなくした、ことばも、もう一度獲得していった。

自慢の愛らしい母だった。


多くの奇跡を見せてくれた母が人生の勉強を終えて、

先に帰って行った。


そこかしこに、母との思い出がある。

そして、母のお蔭で、めぐり合わせてもらった人が、いる。


地中海在住のサイキックカウンセラーのカズコさん

あちらに、帰ったばかりの母の様子を私に伝えてくれた一人の心の師。

カズコさんから、聞いたのは、一言「ごめんね。」

その声は、まぎれもない母の声だったのだ。

カラダが、なくなっても母は、いる。

今は見えない所に、いるけれど、母も新しい自分の生活をしている。

それが、わかっただけで、どんな慰めよりも母のあたたかさを感じ、

母から教えてもらったことは、まだ終わってないのだと、カズコさんから、改めて教わる。

カズコさんからの、ご縁で武本昌三先生をご紹介してくださったりなどなどと、

今まだ、たくさん教えていただいている。


…もっと書きたいのだけど、今日は、胸が一杯で、ここまでしか、書けない。


人は、一人ではない。

思うようにいかなくっても、何でこんな目に会うのかと思っても、

私のそばに、私を支えてくれている人たち、光の人たちが、いて、

しっかりね。と、言ってくれている。


母のお蔭で本当に、幸せだ。


母が倒れた、早春が、またやってきた。

仰ぎ見る、空の向こうに、あの頃の想いが帰ってくる。


ありがとうございます。



わたしにとって、とっても大事なことなので、なかなか一歩がでませんでしたが、

カズコさんに、背中を押していただいて、このようにアップできました。

心より感謝いたします。

ありがとうございます。

エフ ハリスト パラ ポリ~♪

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